昭和五十七年五月十七日 朝の御理解


御理解第二十二節

「天地金乃神と云へば天地一目に覧て居るぞ、神は平等におかげを授けるが受物が悪ければおかげがもるぞ、神の徳を十分に受けようと思へば、ままよ、と云ふ心を出さねばおかげは受けられぬ。
 ままよとは、死んでもままよの事ぞ」


 私はいつも思うんですけども、合楽の場合、テンヤワンヤと云うような中にあっても、ひとつもテンヤワンヤでなく、一糸乱れぬと云うか。
 鳥栖の駅を見ると、鹿児島線、長崎線と云うふうに、ようこれだけの線路があるのに事故が無いのだろうかと思う位、一つ間違えたら脱線せなんような、広い構内は鉄道の線路でいっぱいですよね。 合楽の場合は、この駅のようにどんなにテンヤワンヤと云うような感があっても、テンヤワンヤではなく、一糸乱れず。
 合楽の運行と申しましょうかね。
 それは、天地の運行にも似たように、間違いなく、脱線する事もなく、困る事もない働きを感じます。
 昨日は恒例の大分支部の御大祭でございますから、子供達、修行生の先生方も、それぞれに御用を頂いてくれました。
 南久留米教会の御大祭には、若先生がそちらに参ります。
 総代の永瀬さんと、松栄会の若先生を送っていく人は、いつも交代でやっております。
 それから大分支部の方には、幹三郎が副斎主をつとめてくれました。
 光昭は、高芝さんの所の三十日祭の霊祭がございましたから、先生同道あちらへ参りました。
 箱崎教会の七十年の記念祭と云うので、合楽教会からも直子が、お参りをさしてもらいました。
 幹部の方達は、殆どが大分支部の方へ参りましたけれども、福岡支部の方達が皆話し合って沢山お参りがあり、此処でも先生方が皆おかげを頂いております。
 本当にあちらには不義理せんならん、困ったなあ、と云う事はない。
 栄四郎は、自分のお友達の結婚式で、どうしても出らんならん、と云うので出かけて参りましたが、それぞれの子供達が、一糸乱れず間違いのない軌道の上を走っておる。合楽の一つの動きと云う、運行が、なされておると云う事であります。
 その事を、今日改めて御礼申さして頂きましたら、とてつもない大きな薫と云う字を頂きました。
 草冠に重んじると書いて、下に心と云う字ね。
 これは、いつも頂く御理解ですけれども、自然、成り行きを重んずる頂き方。又重んずるその心には、いつも薫るようなおかげが約束されるのです。不自然さがない。してみると、今日当たりの御理解を頂いて、受け物が悪ければおかげが漏ると云うのは、その生き方、在り方の中に、神様どうぞどうぞ、と願っておる、と云うような信心ではなく、只、自分の我情我欲で動いておる。
 それは、最後にありますように、「ままよ」とは死んでもままよ、の事ぞと云う事でございますから、自然の成り行き、働きと云うものが、それこそ死ぬほどつらいような事があるかもわからんけれども、それを重んじていく頂き方ですね。
 天地の親神様はね、一様におかげを下さってある。と合楽で頂いてるようなおかげを、誰にでも下さろうとしておるのが、天地の親神様のお心だと思うんですね。
 ですから、合楽教会に御縁を頂いた以上、合楽の流儀、在り方と云うものが、身につけられなければならない。
 それを具体的に説くのが、御理念なんですね。
 万事万端、お都合おくり合わせの中に、薫るようなおかげを頂いておる。と云う事は、常日頃ね、自然の働き、成り行きそのものを尊ばしてもろう心、それが合楽の信心に照り輝くおかげ。と云うふうに私は申しますがね。
 これも又限りがない事でございますけれども、真、善、美、輝く、それこそ薫るようなおかげの世界が開かれてくる。
 そういうおかげを頂く時に、初めて神様が平等におかげを下さってある。その平等のおかげとは、合楽で現れておるような、おかげを誰でもが頂けるのだ。という手本のようなものだと思うのです。 ですから合楽におかげ頂いておる方達は、只、どうぞ、どうぞ、の願いではなくて、今日も成り行きを尊び、大事にさせて下さい、と云う心を、確かなものにしていく以外にない。と云う事がわかりますね。
 私は昨日大分支部で感じました事は、信心の継承と云う事です。 これは、私の場合でも子供達の場合でもです。
 昨日は古川夫婦の豊美が琴の御用を頂いておる。
 それから威智雄先生が、運転の御用を頂いてくれましたから、私共の子供達が、それぞれに御用を頂けた、と云う事になりますね。 見事に子供達に、信心の継承が具体的に出来て行っておる事がわかるでしょう。
 私はそげな事は出来ん。と云うのぢゃない。それぞれが各自各自の信心で、親の手にも足にもなって、私の末梢神経に至るまでの働きが、子供達の上に表れておる事がわかるでしょう。
 それを、昨日の大分支部の大祭に感じました。
 最近、次々と支部の大祭が行われております。どの大祭に行っても思います事は、去年より今年、と云うように盛大になる、その内容が、有難いお祭りになっていっとる事を、大変有難く思いますね。 信心すれば、一年一年有難くなってくる、とね。
 信心をすれば、それこそ一年一年、位がつくものぢゃ、ともおっしゃる、有難くなっておる内容を、各支部に感じます。
 とりわけ、今度の大分支部にそれを感じたんですけども、大分支部に発展の輪が広がっていくのは、これからだと思いますね。
 と云うのは、綾部家一家の上において実に見事な、チームワークが取れておった事です。
 娘、息子達は、只お母さんが云うからそれをするのぢゃなくて、私があちらへ参りまして、お母さんが御礼させて頂いたら、すぐ御長男の一義さんが後ろへ出て来とりまして、それも、始めの間は、これは酔っておられるのぢゃろか、と思う位感動いっぱいでした。 親先生、此処二、三日の私の心の中の嬉しさ、喜ばしさは信心しなければ頂けない喜びにひたっております。
 日頃そんな事云う人ぢゃないでしょう。
 それはいつも協力しておられるけれども、今だ、といやあ、自分の身体の上のおかげもさる事ながら、この三日間嬉しゅうて有難うして、今度のお祭り程有難い思いで、仕える事はございませんでした、と云うのが一義さんの一番始めの御挨拶でした。
 お祭りが済んでから、又、御礼に出て見えましたが、本当に信心がこんなにも有難いもの、と云う事をようやく分かりかけておりますね。
 だから私はその事を、あちらでのお説教の中で申しました事でした。
 長女の絹子さんが、丁度、夫婦で三日間御用頂いとりますが、移り替わり、今度程この薫条件の御用と云う事が、有難いと云う事を感じた事はございませんでした。と云うのが絹子さんの御礼の言葉の第一番でした。
 それに、まだ、静子さん、和子さん、九一郎さん、と兄弟達が全員で心を合わせて御用さしてもらう、と云うのぢゃなくて、信心でそれを頂いて有難い心の状態を頂いておる、と云う事です。
 ですから、支部員の方達がどうであっても中心である綾部家の方達が、この生き方で行ってこれが広がって行く。私は、支部であり、支部員の方達のおかげで、なからなければならない、と云うふうに昨日感じましたね。
 各部屋に、素晴らしいお花が生けてございましたが、私の控え室にも色んな花が入れてあるのですが、投げ入れふうに入れてございましたのを見てから感じたんですけれども、どんなにお花の材料が沢山あっても、その生けあげる技術と云うか、手立てを知っていなかったら、こんなに見事に生け上げられない。
 いや、どんなに素晴らしく生けあげられる手立てを知っておっても、この花が萎れておったり枯れておったんでは、もう花として見る事は出来ないね。
 信心もそうだ、と云うて昨日お話しした事でしたね。
 今日の御理解の、自然を重んずる心、と云うその薫と云う字に表れてくる御理解を私共が頂いたとしても、その頂く心がね。
 あちらの御長男と、御長女の方のお話しの中から承わりますように、その生き生きと瑞々しい、信心によらなければ頂けない喜びの、その心がまず第一である。
 心の花である。
 それを生け上げる、と云う事は、又、限りがない事だ。
 心の上達、練習と云う事は、そうでしょう。
 どんなに、花を約束どうりに生けた、と云うても、同じ花、材料を、同じ池坊と云う形に生け上げても、先生と弟子の違いがそこにあるようにね。これは、もう限りがない事です。
 まずは、自分の中に、これは信心によらなければ頂けない、と云うその喜びの心、喜びの心の花を生け上げる、と云う事が成り行きそのものを尊んで頂く心ですね。
 只、形の上だけで頂くんであってはならない、泣く泣く頂くのであっては出来ない。
 それは苦しいですね、悲しいです。
 けれども、有難いです、と云う心で生け上げていかなければならん、と云ったような事を昨日大分で話した事でございます。
 前々からお願いがしてございましたが、箱崎教会の七十年祭だって同じです。
 一寸しか聞きませんでしたけども、本当に素晴らしいお祭りでした。
 本当に合楽色一辺倒でしたね。第一お祝辞の中に合楽理念が説いてある。
 講師は日奈久教会の富永先生、前講は津屋崎教会の松村先生。
 これは富永先生と親子関係がある、あそこのお弟子さんですからね。
 津屋崎教会も夫婦で合楽に傾倒しておる。それこそあちらは博多関係ですかね、隆々とした先生方も沢山おられるでしょうけれども、兎に角合楽一色であった。
 そして御比礼の中に七十年の記念祭が終わったね。
 これは、余談ですが、二、三日前聞かして頂いた話ですけども、箱崎教会では、お掃除なさるのに、今度は天井裏までお掃除をなさった。そしたらこの家が建った時から何十年間か、上げられとったんだろうか、と云う程の新しい草鞋が、此処の天井裏にあったち云う。 あちらでは、和楽の路と書いて、わらじ、と読まし、和楽路会と云う箱崎教会の信心共励の中心になっておる会がございます。
 いかにも神様の御都合で、と云うかね。
 和楽路ばき、と、金光様の御信心は和楽の路です。その為にはね、やはりワラジ履の一生懸命のものがなからなければならん、と云うのが和楽路会の芯なんですね。
 その一生懸命の焦点を何処におくか、と云うとね、今日の御理解で申しますとね。
 受け物が悪いとおかげが漏る、とおっしゃる。
 その最高の受け物は自然を尊ぶ心、成り行きを尊ばせて頂く心、此処には完全無欠と思われる程のですね。薫のようなおかげが約束される、と云う事になるです。
 火の行ぢゃない。水の行ぢゃない。只、一生懸命参った、と云うだけぢゃない。
 天地の親神様の働き、そのものをね、尊く重んじる心、と云う事になるのです。
 二、三日前の話ですけども、光昭が、すぐ近所の門司さんと云う方の地鎮祭に参りました時にね、丁度その前を、あそこの総代さんで、此処にいつも参って来る方が通りあわせて、「光昭先生、又、箱崎教会では教会の宝物が出てきました」と云う。
 草鞋も勿論、宝物である。
 所があそこは今は四代目かでしょうが、初代の先生が御結界奉仕しとられる写真が出て来た、と云うんです。それが何と御結界がその当時左にある、と云う事である。
 左と云うのは、それこそ合楽だけのように思うておりましたが、西六の名神様の所だけと思うておりましたがね。
 箱崎教会の初代が道を開かれた時には、左の御結界であった。と云う事が分かった。
 いかにも合楽との係わり合いと云うものを感じずにおられん、と云う話であったそうでございますがね。
 その七十年の記念祭に、それこそ合楽一辺倒の御大祭であって、くわしくは聞いておりませんけれども、一矢乱れぬ素晴らしいお祭りであった、と云う事。
 私の子供達が、一矢乱れない、それぞれの、教会代表しての御用が出来ましたようにね。
 そういうおかげの世界が頂けれる事にね。
 自然を重んじる心。
 不自然な事で、それは一寸時間がかかるかもわかりませんね。けれどもそこには、神ながらなおかげが必ず約束されるのです。
 とってつけたようなおかげぢゃないかも知れませんけども、自然にかもされてくる所の、雰囲気の中に現れてくるおかげ、それはテンヤワンヤと云うような時であっても一矢乱れぬ。
 例えば、鳥栖の構内で見る、あの沢山なレールがですね。上を走っておる汽車が衝突する事なく。理路整然とした動きが取れておる、出来ておるように、各自各自の教会の上にも、又、家庭の上にも頂きたいもんであります。
 おかげの受け物が悪いね。
 それは様々受け物はありましょう。
 けれども、その一番素晴らしいおかげの受け物は、成り行きそのものを重んじる心。
 草冠に重んずると書いて、心と書いた、いわゆる薫と云う字を一つ自分の信条としたい。
 そこには薫のようなおかげが受けられ、薫ような信心継承も約束される事になります。
 それは、綾部さんの所の昨日の支部大祭に、私が感じましたことは、何が嬉しい、有難いと云うても、あの子供達が本当に綾部さんの信心にこうして連いてくる、と云う事ですね、と云うて話した事でございます。
 その様にして信心が継承されていく、と云う事ね。
 いよいよ自然を重んずる心を芯にして、最高のおかげの受け物を作っていきたい。
 最後に、ままよとは死んでもままよの事ぞ、と云われるようにね。 それは少し時間がかかるかも知れませんね。
 本当にままよ、と云う心を出さなければ、受け取れない時もあるかも知れません。
 けどもそういう時に、いよいよお徳を受ける時だ、と思うて、尊い自然を有難く受ける心を育てていきたい、と思うですね。
                        「どうぞ」